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【そば処 福住総本店/標津町】

昭和26年からの想いを繋ぐ、漁師まち標津町に密着型のお蕎麦屋さん
【そば処 福住総本店/標津町】

掲載年月:2018年11月

そば処 福住総本店

企業・団体のビジョンやミッション

全道各地に広がる「そば処 福住」総本店が昭和26年から今も尚受け継がれる

第二次世界大戦が終わった6年後、一人の女性が標津町で商売を始めました。当初はせんべいなどを仕入れて販売する「お菓子屋さん」としてスタート。その後、子育てにかかる教育費や生活面のことを考えて、新たに食堂として生まれ変わることとなりました。食堂と言いつつも、表向きはお蕎麦屋さんとして動き始めました。それが、「福住」の始まりです。

一人の女性が始めたこの総本店は、代々家族に引き継がれていきましたが、時代の流れは著しく標津町では少しずつ人口も減っていき、まわりの飲食店も後継者不足で店をたたむというところが増えました。少しずつまちに活気がなくなってきているということに対し危機感を抱きましたが、『福住』という名前を多くの人に知ってもらっているからこそ、そして総本店であるからこそ、まわりの店がたたもうとも、この店はなくせないと思い今日ものれんをあげています。「標津に行けば福住さんがあるからあそこでごはんを食べよう」とおかげさまで多くの人たちから親しまれているお店です。

漁師まちだからこその想い

飲食店のオープン時間といえば、11時からというところが多いかと思いますが、実はこの店は10時からのれんを掲げます。標津町は漁業が盛んな漁師まち。漁師の仕事が落ち着いて、港からお腹をすかせて出てくる時間が大体10時頃ということでオープン時間を早めているのです。観光客の方ももちろん大歓迎。でも、地元の人たちを一番に考えています。

また、標津町の特産品「鮭」を使ったメニューがたくさんあります。標津でしか食べることのできないメニューをということで、漁業関係者の想いを乗せてメニューを開発。例えば、お蕎麦だけでなくいくらと鮭の丼とセットにしてみたり、海苔ではなく「鮭ぶし」がのっているざるそばもあったりと総本店でしか味わうことの出来ないメニューの数が多いのが特徴です。

こうしたメニューに関する挑戦だけではなく、老舗の店だからと言って固定概念に捕らわれることなくスタッフも働きやすい環境にしたいと考えています。昔は生きるために、子どもを育てるためにと働いていたのが、今は少しずつ自分の時間を大切にする働き方になってきているという時代の流れも感じて、シフト組みもそれを反映させようとしているところです。働く人がいないと、店もやっていけませんから。

代表者からのメッセージ

このまちが元気である限り、この店ももちろん続けていきたいと想っています。標津町っていうまちが、これからも存続し続けるためには、今このまちにある飲食店をはじめとするお店屋さんが頑張っていくことが一番大事だと思っています。

まちとしても、静かで住みやすいまちなんです。確かに田舎だけど、隣の中標津町には空港もあって、欲しいものも大抵手に入り、大体のものは足ります。確かに冬は寒いですが、夏は本当に快適なんですよ。

企業・団体の魅力

現在全道各地、いくつか「福住」の看板を掲げる店舗は見掛けますが、現在ここ総本店と繋がっているお店は10店舗ほどで、他は他社のフランチャイズでの経営です。フランチャイズの店舗も含め、北海道に広がる「福住」ですが、決してチェーン店とは違います。

また、福住に行けばどこに行っても同じ味で食べられると思われがちですが、実は一軒も全く同じというところはありえないのです。それはもちろん、のれん分けしたオーナーによって求める味も違うし、使う材料も違う、麺も変わるでしょう。出汁で使っている鰹は生き物だからこそ、その日その時で出汁の出方も回ります。毎日全く同じ味を提供することは出来ないけれど、それは添加物を一切使っていないからなんです。

現社長の佐藤さんに聞いた!この仕事を通じて嬉しかったエピソード

昭和26年から続いているってこともあり、当時親に連れられてきた子どもが、今度は親となって自分の新しい家族を福住に連れて来てくれるというお客さんも多いんです。私はもう2世代分の家族を見守ってきましたね(笑)。

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